ゲーム制作をして知った、「夢中」の正体
最近、このニュースレターでは、
AIと子育てについて書いています。
AIを使わせるべきなのか。
親はどう向き合えばいいのか。
学校はどう対応していくのか。
そんなことを考えながら記事を書いてきました。
でも、AIについて考えれば考えるほど、
わたしは別のことも気になるようになりました。
それが、子どもたちが毎日長い時間を過ごしているゲームの世界です。
前回の記事では、今の子どもたちは単にゲームをしているのではなく、
オンライン上のコミュニティや居場所の中で過ごしている、
という話を書きました。
今回はもう少し踏み込んで、
ゲーム制作を経験したからこそ見えた
「夢中の正体」について書いてみたいと思います。
わたしはゲームが好きだから制作したわけではない
誤解のないように言うと、
わたしは昔からゲーム好きではありません。
子どもの頃もほとんどハマりませんでした。
今もゲームを長時間遊ぶことはありません。
だから、ゲームの専門家でもありません。
でも1〜2年前、フォートナイト内で遊べるゲーム制作に関わる機会がありました。
最初は軽い気持ちでした。
ところが、制作側に入ったことで、
子どもたちが見ている世界が少し見えるようになったのです。
面白いゲームを作ればいいわけではなかった
ゲーム制作というと、
面白いゲームを作る仕事だと思っていました。
でも実際は違いました。
作ることより、遊び続けてもらうことの方が難しい。
どんなサムネイルなら押したくなるのか。
どんなタイトルなら興味を持つのか。
どこで飽きるのか。
どこで離脱するのか。
どうすればもう一度戻ってきてもらえるのか。
そんなことを考え続ける世界でした。
ゲームというより、マーケティング。
わたしはそう感じました。
そしてそこで初めて気づいたのです。
子どもたちが夢中になるのには理由がある。
しかも、その理由はかなり研究されているということに。
Robloxの「Brainrot」を知っていますか?
最近、世界中の子どもたちの間で大流行したものがあります。
Roblox内の「Brainrot」系ゲームです。
ご存じない方も多いと思います。
わたしも最初に見たときは、
正直よく分かりませんでした。
意味不明なキャラクター。
独特な世界観。
大人から見ると、「何が面白いの?」という感覚です。
でも、子どもたちは夢中になっていました。
そして、その人気はゲームの中だけでは終わりませんでした。
TikTokやYouTubeショートでも大量に拡散され、
さらに子どもたちが集まる。
また動画が拡散される。
そんな循環が生まれていました。
あれは偶然流行ったわけではない
もちろん、Brainrotが世界中で流行ったのは偶然の要素もあると思います。
どんなコンテンツも、最後は運があります。
でも、フォートナイトのゲーム制作に関わった経験から言うと、
人が夢中になるものには共通点があります。
「続きが気になる」
「もう少しやりたい」
「友達に話したくなる」
「もう一回だけやりたい」
そんな感情が自然と生まれるように設計されているんです。
ゲーム制作をする中で、わたしは何度も
「どうしたら遊び続けてもらえるだろう」という話を聞きました。
どんなタイトルにするか。
どんな見せ方にするか。
どこで達成感を感じてもらうか。
どこで飽きてしまうのか。
ゲームというのは、ただ作って終わりではありません。
人が夢中になる仕組みを考え続ける世界でした。
だからBrainrotを見たときも、
わたしが最初に感じたのは「なぜこんなに流行るんだろう」でした。
ゲームそのものより、
その裏側にある仕組みが気になったのです。
わたしが驚いたのはゲームではない
わたしが驚いたのは、
Brainrotそのものではありません。
ゲームでもありません。
驚いたのは、子どもたちが過ごしている世界の大きさです。
親が思っている以上に、
多くのものがつながっている。
ゲーム。
動画。
SNS。
コミュニティ。
マーケティング。
全部がつながっています。
そして、子どもたちはその中で日常を過ごしています。
AIには危機感を持つのに、Robloxは知らない
ここで、少し不思議に思うことがあります。
最近はAIに関心を持つ親が増えました。
「AIを知らないとまずいかもしれない」
そう感じる人も多いと思います。
でも一方で、
世界中の子どもたちが長時間過ごしているRobloxについてはほとんど知らない。
これは少し不思議です。
もちろん、AIを学ぶことは大切です。
でも、子どもたちが今まさに時間を使っている場所を知らないままでいいのだろうか。
わたしはそんな疑問を持っています。
だから、一度だけでも中を見てみてほしい
わたしはゲームを推奨したいわけではありません。
「もっとゲームをやろう」と言いたいわけでもありません。
ただ、一度だけでも中を見てほしいのです。
ロブロックスを開いてみる。
フォートナイトを見てみる。
子どもが何を見ているのか聞いてみる。
それだけでも景色は変わります。
わたし自身、
ゲーム制作を経験しなかったら、
きっと今も「ゲームはほどほどにね」
くらいしか言えなかったと思います。
でも今は、その裏側にある仕組みが少し見えるようになりました。
次回予告
ゲーム制作を経験して、わたしは少し怖くなりました。
でも、怖かったのはゲームではありません。
Robloxでもありません。
Brainrotでもありません。
本当に怖かったのは、
親であるわたし自身が、
その世界をほとんど知らなかったことです。
次回は、「わたしが怖いのは、ゲームではなく“無理解”」
という話を書いてみたいと思います。